2019年07月12日

イラク キルクーク油田−2

当時はほとんど写真を撮らなかったですね。ブログやSNSで公開するということはまったく考えられませんでした。プラントでは15か国の人が働いており特に下請けだったフィリピン人と現地イラク人と仲良くなりました。この青年は当時20歳でよく働き人助けをする好人物でした。将来空軍のパイロットになりたいと言っていたので、その後の戦争で命を落としたかもしれません。下はハッジと呼ばれたお爺さんです。ハッジとは聖地メッカを訪れたことのある人に対する敬称ですが、彼は実際には行ったことがありませんでした。とにかくイラク人は人柄が良く優しい人が多かったです

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イラク キルクーク油田

私は会社員になって間もなくイラク北部キルクークに天然ガスプラント建設のために長期滞在しました。ときは1981年10月〜1882年11月にかけてです。サダム・フセインが実権を握ったのが1979年で、その直後ということになります。当時すでに戦争が行われており(イラン・イラク戦争)バグダッドへの直行便がなくクウェートからイラクに入国しバスラ・バグダッドを経由してキルクークに向かいました。日本人キャンプがあり500名くらいいたと思いますが、キャンプ内は安全であり年越しの行事等も行われていました。ISにより支配されたモスルやメソポタミア文明の遺跡にも行きました。キルクークの街にも2週間に一度ほど休日に行き息抜きをしていました

詳しくは下記ブログをご覧ください。

イラクの思い出

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